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日本人の9割に英語はいらない

日本人の9割に英語はいらない
日本人の9割に英語はいらない

(2011/09/06)
成毛眞 商品詳細を見る

満足度★★★
付箋数:19

  「現在、世界で起きている問題のほとんどが欧米発である。
  リーマンショックのせいで世界中を不況に陥れ、
  世界一化石燃料を消費して地球環境を破壊し、
  世界一戦争を起こしているのもアメリカである。
  わざわざ、このような英語圏の人と同類になり下がる必要はない。」

元マイクロソフト日本法人、成毛眞さんの英語不要論。

タイトルだけでなく、内容もかなり過激な発言が多い、
成毛さんらしい一冊。

  ・頭の悪い人ほど英語を勉強する
  ・創造力のない人ほど英語を勉強する
  ・早期英語教育は無意味である
  ・英語ができても、バカはやっぱりバカである
  ・帰国子女は不幸である

成毛さんは、英語は身につけなければならないと
固定観念を持っている人、あるいは英語ができないことに
引け目を感じている人に刺激を与え、
本当に自分に必要な教養は何かを考えるように促します。

  「英会話を習うより、本を読め!」

確かに、英語学習は費用対効果がイイとは言えませんから、
英語を捨てて、その分、他の教養を身につけるというのも
ひとつの戦略です。

英語はあくまで道具なので、使ってナンボ。

現在、英語を勉強中の人は、成毛さんの発言に
反応的にならずに、冷静に自分の英語学習の目的を
考えてみるべきだと思います。

月に数回しか車を運転する機会がないなら、
車を購入せずに、レンタカーやタクシーを使った方が、
駐車場代や税金などの維持費がかからなくてお得。

実際にそうしている人も多いでしょう。

道具として使う機会が少ないなら、英語学習についても
そういう選択肢を考えてみる柔軟性は必要かもしれません。

結局、成毛さんが主張したいのは、
思考停止で言われるがままに、英語を勉強するなということ、
もっともっと本を読んで教養を身につけよということです。

この2つが渾然一体として語られていますが、
個人的には、分けて考えた方がいいように思えます。

また、本書では多読家の成毛さんらしく、
英会話の勉強より優先して読むべき12冊の本が紹介されていました。

その内3冊は当ブログでも紹介済み。

  ・グーグル秘録
  ・ぼくらの頭脳の鍛え方
  ・友達の数は何人?

私の読んだ本から推し量ると、残りも本もハズレはなさそうです。

この本から何を活かすか?

私は、なぜ、「NHKラジオ実践ビジネス英語」を聞き続けるのか?

この番組、私にとって英語の勉強のようで、
実際は英語の勉強ではありません。

  「英語はどこまでいっても暗記するしかない科目である」

つまり英語の勉強で、教養は高められないと。

成毛さんのこの考えに立って、
純粋に道具として英語力を身につけたいなら、
もっと違う番組を聴いた方がいいのかもしれません。

しかし、「NHKラジオ実践ビジネス英語」は、
私にとって、英語学習というより、むしろ「教養」。

この番組の面白さは、成毛さんが紹介する本に引けをとりません。

今は、ラジオでなくてもインターネットでも聞けますから、
聞いたことがない方は、是非、聞いてみてください。

Miss a meal if you have to, but don't miss a book.
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| 勉強法 | 06:52 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっている環境で生活していれば、そのうちに、英語も上達する。

我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしそのものが成り立たない。

日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境が整わないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。

日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

国際社会において、我が国を代表する政治家にも英語の堪能さが見られない。
日本語のみを使用する社会において、実用にならない言語の学習は空しいばかりである。それにもかかわらず、我が国においては英語教育に名を借りた序列争いばかりが激しく行われている。
英語の学習を民間に奨励するだけでは充分ではなく、英語を習得したことに対する国家の強力な報奨(incentive)が必要であります。
英語を実用の言語とする政治指導者のさきを見据えた努力が大切です。
たとえば、公務員採用試験に英語の能力にすぐれた人物に優遇処置を施すなどの法的裏づけなどが効果的でありましょう。

英米人には、手先・目先の事柄に神経を集中する特技は得られないようである。かれ等は、生涯、歌詠みにはなれないでしょう。
日本人には、英語を使って考えることはきわめて難しい。しかし、これは不可能ではない。全員ではないが、知識人には為せばなる学習であると私は考えています。
わが国民の作る細工物は出来栄えが良い。なおその上、英米流の哲学にも良き理解を示す民族となれば、未来の日本人は鬼に金棒ということになるでしょう。
だから、英語を我が国の第二の公用語とすることには大きな意義があります。実現の暁には、我が国民のみならず、世界の人々に対しても大きな未来が開けることと考えられます。

一見我が国は教育大国を目指しているようであるが、大人の教育はない。つまり、子供が大人になるための教育はない。
我が国においては、教育といえば子供の教育のことを指している。目先・手先のことのみを述べる人は、子供のようである。
大人には考える教育が必要です。一人一人に哲学が必要です。
現実と非現実の間に区別を置くことなく語る人の内容には意味がない。だから、日本の知識人には価値がない。

「感情的にならず、理性的になれ」と国民に訴える指導者がいない。
「国民の感情に反する、、、、、」と言うのでは、主張の論拠にならないが、それのみを言う。
感性 (現実) あって理性 (非現実) なし。我が国は、一億総歌詠みの国にとどまっている。

大学生は入学しても、キャンパスで4年間遊んで過ごすことになる。
無哲学・能天気の大学生は、平和ボケ・太平の眠りの中にいる。
「入学を易しく、卒業を難しく」というような教育方針は現状を観察すれば空しい限りである。

日本人は、国連中心主義が好きなようだ。
国連の議場で世界の人々を説得するためには、自己の言葉が冴えわたる必要がある。
議論のできない人があえて国連中心主義を唱えるのは、自己の他力本願を表明するための手段ということになるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

| noga | 2011/10/28 15:26 | URL | ≫ EDIT















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